仙腸関節は、自由で不安定な時にはバランスが保たれ、不自由に安定している時にはバランスは崩れています。
「自由な不安定」と「不自由な安定」。さて、あなたならどっち?
っていう話ではなくて、えーと、そもそも「ゆらぎ」の話なのです。
仙腸関節が安定する時には、左右のバランスが崩れる、という犠牲を伴います。
仙腸関節がバランスのとれた中間位にあるときには、関節を安定させる構造的要素は見当たらず、不安定にゆらいでいます。この時の仙腸関節には、固定される要素がないのです。不安定であるが故に、ゆらぎながら均衡を保っています。それが仙腸関節の理想的な状態です。
この関節は、構造上、中間位(歪みのない状態)で可動性が制限されるという問題が生じる可能性は低いでしょう。実際ほとんどのケースで、関節の非可動化には変位を伴います。
まるで安定を求めてバランスを崩しているかのように。
さて、こうした研究から学んだこと。
生きていると、対立する二つの考え方の間で葛藤する、なんてことがありますよね。私はよくあります。
例えばお金のこと。
私はお金儲けが苦手です。この仕事は私が生活費を得る唯一の手段であるにもかかわらず、それを優先させること(やそうしている人)に嫌悪感さえ覚えます。気取って言えば、それを「うつくしい」と感じないのです。手技療法家など、社会の中では極力地味な存在であるべきではないかという思いが強いのです。もしかしてその(金儲け)ギアが入らない欠陥品なだけなのかもしれませんけど(笑)。
しかし、お金が嫌いなのではありません(むしろ全然好き)。そしてやる気にさえなれば、そこそこ稼いじゃうんじゃないかとも思ってます(結構いろんな武器持ってるからな。完全オリジナルだぞ)。
でも、それが出来ません。おそらくそれをすると、何かのバランスが崩れてしまいそうな気がするのです。
どちらが正しくて、どちらが間違っているかなんて、私には分かりませんし、どっちでもいいことです。
一つ言えるのは、どちらか一方に偏ってしまうと、おそらく機能障害が生じる、ということ。
どっちつかずで「ゆらいでいる状態」が、私にとっては健全なのです。
それも程よい範囲で。自由に。
これが、私が仙腸関節から学んだ一つの人生訓なのです。
(すべて筆者の仮説に基づく推論です。あしからず。)
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