本日、日本カイロプラクティック徒手医学会から、学術大会の日程変更のお知らせ(前回の学術大会抄録に記載されていた8月10日、11日から11月9日、10日に変更)と、大会長(私)の挨拶文が郵送されてきました。
これは学会員向けの案内ですから、学会員以外の方のところへ届くことはありません。次回の学術大会の大会長として、一人でも多くの方にご参加いただきたいので、当ブログにも案内文を掲載させていただきます。
以下、転載です。
挨拶文
学術大会も、今回で十五回目を迎えます。研究環境などないに等しい日本のカイロプラクティック界にあって、こうして毎年学術大会を重ねてこられたのも、ひとえに多忙な臨床の合間の余暇を削って地道な研究活動を行われてきた諸先生方と、貴重な発表の場である学術大会の運営を支えてこられた諸先生方のご努力の賜物と存じます。今回そのような価値ある学術大会の大会長を任命されましたことを大変誇りに思うとともに、大きな責任をひしひしと感じております。
今回初めて学術大会の準備運営に関わり、これまで会を運営してこられた諸先輩方のご苦労を身をもって実感している次第です。今まさにその準備に追われている最中ですが、実行委員の皆さまと共に構想を膨らませながら、複雑なこの業界における学術大会の意義とは果たして何か?といったところへと、私の思いは自然と向かうのです。
私自身、研究発表をきっかけにこの学会との関わりを持つようになった一人です。それ自体が目的だった自己流の研究も、この学会がなければ発表する機会にすら恵まれなかったかもしれません。そして学会でお会いする先生方との交流の機会もまた。
所属団体以外の活動に参加することのなかった私にそれが出来たのは、この日本カイロプラクティック徒手医学会が、団体や組織の枠組みにとらわれることなく純粋にカイロプラクティックの「学術的な追求」を目的として設立された学会であったからに他なりません。
そもそも学術的な活動に壁を作ってはいけません。問われるのはその妥当性のみ。
そう考えてみますと、所属や立場、学歴、資格等に関する個人的な背景、そして年齢も技量も流派も越えた自由な学術的議論を目的とした唯一の聖域として在る、ということこそが、複雑な事情を抱える日本の中での本学会の最大の意義なのではないかと、あらためて思うのです。
今回大会長である私自身の力不足もあり、様々な立場の方から多くのご意見、ご助言を賜り、こうしたことを考える貴重な機会を頂きました。大変良い勉強をさせていただいているところです。
11月の学術大会開催へ向け、参加された方々にとって自由闊達な議論を交わせる良き場となりますよう実行委員会一丸となって取り組んで参りますので、奮ってご参加くださいますようどうぞよろしくお願い申し上げます。
日本カイロプラクティック徒手医学会
第15回学術大会 大会長
吉岡一貴
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