整動鍼という新機軸

仙腸関節塾 第20期 令和8年5月24日(日)25日(月)開催!

参加者募集中です。

 

昨日は整動協会さんとのコラボセミナー「仙腸関節スペシャル」のため、品川へ行ってまいりました。

私の話した内容はいつもと同じなので、詳細は割愛。

今回は整動鍼について私の思うところを、思うがままに綴ってみることにする。

あくまでも私自身の勝手な解釈なので、批判は私宛にお願いします。

 

正確には覚えていませんが、私が整動鍼を知ったのは、もう10年くらい前じゃないかな?

まだ「古武術鍼法」という名称のころでした。

とにかくその効果に圧倒されたことを、いまでも鮮明に覚えています。

しかもそれはセミナーとか動画のデモンストレーションではなくて、整形外科のリハ室という臨床の場での出来事(セミナーを受講した同僚による施術)だったので、これ以上ないリアルな衝撃を受けたのです。

 

整動鍼を知る前、私の鍼に対するイメージは、お世辞にも良いとは言えないものでした。

私自身はカイロを学んだ柔道整復師なので、鍼の深い部分は知りません。

しかし同業者には鍼灸師の免許持ちがたくさんいましたし、カイロスクールの講師をしていた時にも多くの鍼灸師が入校し、セミナーにも参加していました。

若い頃に勤務していた整形外科にも鍼灸(あマ指)師はいました。

そうして私が出会ってきた鍼灸師のほとんどは、臨床で鍼を使っていない、もしくは使うのをやめた鍼灸師でした。

鍼の効果に満足していれば鍼を使い続けるでしょうし、カイロなど学びに来ることもないはずです。

そして他の誰かから「鍼ってすごい」という話を聞いたこともありませんでした。

こうした経験が、私にとっての鍼のイメージを形作っていきました。

しかし整動鍼が、そのイメージをすべてひっくり返してしまったのです。

「鍼ってすげぇな」と。

 

さて、昨日のコラボセミナーでは、前半は私、後半は栗原先生による講義の二部構成。

まったく分からないながらも、私も後半の整動鍼の講義を受講していました。

もともと私には謎だらけの整動鍼ですから、隠された秘密の扉をこじ開けたい欲望を抱きながら聴講していました。

しかしまったく分からない、その糸口すら見えない。

 

セミナー前の控室で、栗原先生から「新たにツボを見つけたのでその効果を確認して欲しい」と協力を求められました。

標的は第一肋椎関節。

私の仙腸関節論では、仙腸関節と第一肋椎関節との関係に注目しています。

第一肋椎関節の変位を仙腸関節で調整するのですが、そこには論理的なパターンがあります。

つまり私にとっての第一肋椎関節の問題は仙腸関節の問題であり、そこには荷重バランスが関係しています。

 

しかし栗原先生、第一肋椎関節の問題をあっさり解消してしまう手のツボを発見したのです。

いや、ほんとに見事に変わるんです。

 

それを目の当たりすると、「なんで?」となりますよね?

私は仙腸関節の左右非対称性が第一肋椎関節に関係している、という見解。

上体荷重が仙腸関節を介して左右不均等に分配される傾向が強いと、それが胸郭の傾きとして第一肋椎関節に影響を与えると本気で考えていますし、実際に仙腸関節の左右差を調整すると肋椎関節の変位も即時変わってしまうのですから、私の中でこれは疑いようのない事実としか思えないわけです。

荷重がヒトの骨格に影響を与えうる最大の因子であると言って、それを否定されることは少ないと思うんです。

その荷重に一切の影響を与えることなく、考慮にも入れず、しかも手のツボへの一本の鍼で肋椎関節を変化させてしまうって、私には信じがたいことなのです。

 

でも、信じるしかないんです。

目の前で起こってしまうんですから。

それも一度きりではなく、何度でも、誰にでも。

 

私は私の行っていること、私がみている歪み、これらを論理的に説明することが出来ます(出来ていると思っています)。

それが出来ることが、私の理論の強みであると信じています。

ほとんどの代替療法は、それが真であれ偽であれ、論理的な説明を試みるものです。

善かれ悪しかれ、そういうものだと思うのです。

翻って整動鍼、これは無理なんじゃないかなぁ。

 

これ、批判じゃありません。

我々(少なくとも私)の現在知り得る知識を総動員しても、この現象を説明することは出来ないんじゃないかと強く感じるんです。

少なくとも医学的な説明は困難でしょう。

そしてそれ、すごいことだと思うんです。

 

話しが飛ぶようですが、ヒトの身体の仕組みって、思っているよりもデジタルだなって感じます。

意思とか想いとか期待とか願望とか思想とかとは無関係に、一定の刺激に対して無条件に反応してしまうようプログラムされているという点において。

それに対してヒトの営みの方はアナログで、意思とか想いとか期待とか願望とか思想などに振り回され、同じ経験でも受け取り方は千差万別変幻自在。

 

そういう意味で、整動鍼って、とてもデジタルなんだと思う。

栗原先生は「ここを刺激するとここが変化する」という身体に秘められたプログラムを発見してしまったのです。

いくら考えても、そうとしか思えない。

その変化を目の当たりにしても、認められない人も一定数いると思う。

アナログで。

 

私は整動鍼を医学的に解釈しようとするのは違うと思う。

医学の枠には嵌まらないし、嵌めてもいけないと思う。

整動鍼という新機軸でそれを捉えないと、大きな損失につながるんじゃないかな。

それくらい革新的な大発見だと。

 

整動鍼はシンプル。

だから価値がある。

余計な解釈も論拠も必要ない。

医学の枠を飛び越えた「身体の繋がりの新発見」。

この偉業が注目されないって、それが一番不思議だよ。

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